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33歳。

胚細胞腫瘍…

大切な人たちの悲しみに、涙が止まらないなかで
わたし自身が、目を背け続けていたことを
思い出してしまいました。
22歳だった頃を…

「Mayu-ココロの星-」
きっとわたしは、見に行けない。
そう思ってたのは…

あ、ちがいますよ。そうじゃ、ないんです。
その病気じゃないし、結果的に、そんなに悪性じゃなかったから。
(良性でもなかったけど。)

でも…
「結果的に」だった。

わたしは…
わたしを、投げ出していた。
だから、投げ出さないで闘った人は眩しすぎて、直視できない。
自分が情けなくなりすぎる、から…

あれから5年経って。
もし、再発したとしたら…
もし、悪性だったとしたら…
わたしは、今度こそ、闘えるんだろうか?

もし、大切な誰かが、闘わなければならないとしたら
いっしょに闘うことが、できるだろうか?

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コメント

10人の人がいれば、10通りの生き方・考え方・ドラマが
あるのだと思い知らされました。
naokoちゃん、あなたも闘っていた頃があったんだね。
そして今も・・・
DWLで出会った時の、あの笑顔は逃げる事なく自分と
向き合った結果なんだね。
人って、何か悲しい事があった時、自分がこの世で
       “1番の悲劇のヒロイン”
になっちゃうんだよね。まわりが見えないというか・・・
私もそうでした。
母の看病をしている時、随分、いろんな人に当り散らしました。
自分だけ何で?って・・・
でも実際はそうじゃなかった。
自分が辛いから、逃げていただけなんだよね。
告知するか、しないかを問われた時、みんな反対したのに
私は“お母さんは強い人だから”と癌である事を言ってしまいました。
本当にそう思っていたのか・・・そうじゃない
隠し通す自信も、勇気もなかっただけなのかもしれません。
なくなってはじめて、ああすれば良かった、こうすればもっと・・・
といろいろ考えます。
闘うって難しいことなのかもしれません。
だけど、やっぱり逃げないことです。
寄り添う事だと思います。
naokoちゃんなら、ダイジョウブだと思います。
人の痛みが十分、わかる人だから・・・

投稿: みゃあ太 | 2007/10/02 15:50

>みゃあ太さん

そんなにカッコイイものじゃ、ないんですよ。ぜんぜん。
闘ったのは、苦しんだのは、むしろ両親だと思います。
私自身は…執着が持てなかったから、そんなに苦しさを感じなかったの。
「苦しくなかったこと」、そんな生き方をしてきたことに、
あとからショックを受けました。
今なら少しは、執着できるかな…

支える人の辛さを、ありがたいことに私はまだ、体験していません。
そういうときに何をするべきか
「正解」なんて、ないんだろうな、と思います。
傍で、いっしょに苦しんでくれた、みゃあ太さんに
お母さんも、いっぱい感謝してたんじゃないかな…
なんて、勝手に、感じました。

「ダイジョウブ」って言ってくれて、本当にありがとう。
「いざ」がいつ来るかなんて、わからないって、つくづく思ったから…
まいにちちゃんと成長していかなきゃ、って思います。

投稿: naoko | 2007/10/02 16:32

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