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2005年4月

使えばなくなる。

半月ほど前に、コンタクトをソフトに変えてみた。
人生の半分以上を共に過ごしてきたハードレンズを卒業。
扱いは難しいし、ドライアイは更に進行するけど
目に異物(主に花粉)が入る度に泣けてしまうよりは
とりあえず、良い。

が。

ソフトレンズは水道水に漬けてはならない、とのこと。
へぇ。
お風呂もコンタクトのまま入ってしまう癖が
今日、仇を為しにいらっしゃった。
ちょっと目に水が入っただけで、染みる染みる!いたいっ!
シャンプーとかが入ったなら洗えばいいけど、
水が染みるんじゃ手のつけようがない。
(目を水で洗っちゃいけないって、動物としてどうなんだろう。)
いっぱい瞬きして我慢。。

で。

ようやく外そうとした時に、予想していた出来事が。
コンタクト破ったんじゃないよ。
消毒液がなくなったのです。
ハードレンズなら水道水に入れておけばいいんだけど
ソフトレンズは水道水に……イカドウブン。

なくなるのは薄々感付いてたの。
今日も買おうとしてドラッグストアには行ったの。
でも、ポイントカード不携帯と不荷物主義に負けて
買わなかったの。
バカ?

とりあえず、保存液(生理食塩水)に漬けてみたけど
明日まで放っといて大丈夫なのかしら。

という訳で、教訓。
何でもぎりぎりまで放っておくのはやめましょう、はい。

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連なる鎖

「育てられたようにしか育てられない」

child abuseが注目され始めた頃に耳にしてから
耳にこびりついて離れないコトバ
囚われつつ、囚われまいと意固地になる
囚われていると言い訳をすることもできてしまう

親にももちろん親がいて
その親にももちろん親がいる
何が個に影響したかなんてわからないし
何が子に影響していくのかもわからない

でもその影響の責任は取らなきゃいけないということになっている
どこまで?
いつまで?
取る側と取られる側の思惑は食い違う
すれ違って互い違って行き違う

はぁ。

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後ろ髪

16歳の春から通い始めた、石畳の先の建物
二重の自動ドアの先には売り物的笑顔のおばさまたち
右手の階段を上がってその奥に待つのは
後輩かつ元同僚かつ元生徒の面々
ガラス張りの檻の中には珍獣ならぬ珍講師たち
その中の一人は私にとって1番目の「先生」

もはやその中の一員ではないとわかりながら
用事と口実を作ってその場所へと入っていく
お客様的扱いとノスタルジーに浸り、そして
どんな言葉を発したのか、そこからを覚えていない
私は何をしたかったのだろう?

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

眠りに落ちる直前の刺激を、脳は確実に記憶していて
眠りの中で、私をその世界へと連れて行く
そこでの自分の行動が、願望なのか偶然なのか

解釈は
起きている自分の自由なのだ

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つかもうぜ!

ドラゴンボール!

仲間は2人、5つ目をやっと集め終えた矢先に
ライバル達が私達のボールを追ってきた
逃げられない、ばらばらになって目をくらますしかない!
足元に本物数個とニセモノ数個(小さい)を置いて
ダッシュ!!


意味わかんない夢です。
地球のドラゴンボール(手の平サイズ)を追ってるのに
武空術できるし。
ニセモノはスーパーボールサイズだから
全然目くらましにならないし。

起きて突っ込み入れるための夢??

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たまには日記らしく

と思ったけど、やめた。
日記らしく書いてると、感じたことを書き忘れそうで。
らしく書きたくなったのは、
色んなことを感じられた良い休日だったから。

『縁』
12歳、真新しいぶかぶかのセーラー服に身を包んで
初めての友達の友達として出会った彼女は
黒ぶちメガネでショートカット、訛りを抜きたい女の子。
同じ部活に入って、同じ球技に熱中して
同じ大学学部に入って、同じサークルに入って
今日は同じ舞台を観に行った。
全部、示し合わせもしない、偶然の左右する選択なのに
2人の選択は交錯する
もし誰かに、前世は兄弟だったと言われたら
笑顔でそうです、と答えるだろう
来世は親子かな?
だといいな。

『ヒガン桜』
200504180026000
またお花見ができるなんて思ってなかったけど
芝公園内の徳川的神社は、春爛漫
大ぶりの花は花弁を山ほど抱え込んでいて
一つ一つにずっしりと重みがある
東京タワーが見えても、東京のど真ん中とは感じられない
静まった空気の中に、豪華な花束が捧げられてるみたい
東京もなかなかやるじゃない?

『踊る』
肉体表現の一種類目。
周りの空気を抱き込んで、切り取って、踏み固めて、放って
少しでもたくさんの空間を自分の色に染める
染める魅力に酔わされて明け暮れる人たち
染めた空間が、見る人を揺れ動かす力
羨ましいな、ほんとうに。
今日の舞台にありがとう。
空間を優しく撫でて、風を起こすような
そんな踊りがとても好きなのだと
発見できてしまいました。


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飲みに行く、はコーヒーは指さない

もしもタバコが人体にとって有害ならば
アルコールの方が、人の正気を失わせてしまう分
十分なる凶器と言えるでしょう。

当然のように食卓に並べられて
毎食のように気持ちよさそうに飲まれたら
それがとても当たり前で、魅力的な液体に見えるに違いない。

なんて、人のせいにしなくても
お酒はやめられない。

忘れたいことがない日なんて、あんまり訪れないから

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「ナショナルトレジャー」

久々に、独りで映画館に行きました。
誕生日優待&会員優待で、すごいリクライニングのシートで
悠々としっかり見てきました。
誕生日に。独りで。映画。

……?

置いといて。

ディズニーなだけに、
血みどろでなく
セクシャルでもなく
勧善懲悪。
謎解きはそれなり妥当で
オーソドックスなスリルと
友情、愛情、親子の絆、なんて
食べ慣れたスパイスもレシピ通りにかけられていて。
まぁとにかく、誰でも美味しく頂ける味付けでした。

映画もグルメも、玄人受けする味は割と苦手なので
個人的にはとても満足な時間でした。

映画の好みはその人を表すだろうか?
幅とかツボとか楽しみ方とか。

一面でしかないけど、一面として取り上げる価値はある、かな。

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小学校

その日は小学校の運動会
高学年の私と、低学年の弟が
お昼休みに母親とお弁当を食べている
弟が丸太渡りをできるようになった!と母親に自慢し
お昼休みが終わりそうなのに、校庭には生徒が戻って来ない

私は新1年生の副担任
1階の教室から校庭へ、春のお散歩へ出かけようとしている
2人ずつ手を繋がせ、計10人のクラスを連れて出かける準備をする
後ろには3年生も付いて来る
1年生の後ろを守り、校門から遊歩道へお散歩出発!
横断歩道を急いで渡ったその後で
女の子2人が列から離れる
慌てて列を整え、離れた2人を連れ戻そうと
道沿いの民家の敷地に入り込む
2人は雑草の中にしゃがみこんで、こちらに戻ってこようとはしない
強硬に連れ戻そうと近寄ると、雑草に足を取られて転んだ、らしい

転んだ先にこぼれたのは、エビのチリソース1人前
転んだ先は6畳程の私の部屋に変わり
逃げた子どもは3人になり、子どもはハムスターへと姿を変える
まずはエビチリを拾い集めながら、3人の名前を呼ぶ
意外とエビが多くて、集めても集めてもベタベタしている
お腹が空いた3匹はエビの匂いにつられてくると思ったのに
集め終わっても気配がない
ベッドの反対側に回って、3匹の名前を呼ぶ
ベッドの下を覗き込むと、やっと走り回る3匹を発見
女の子2人が駆け寄ってきて、ちゃんと私を覚えていたんだと安心
檻から出ると途端にすばしっこくなるハムスター
肩に飛び乗ったり、腕を駆け上ったり、御し難い
また逃げ出さないように、深みのある箱に1匹ずつ入れてみる
最後の一匹は私の一番好きな、可愛い可愛い男の子
もしかして、この子だけが捕まらずに夢が終わってしまうのだろうか?
そんな気がする、もう一度呼ばせて……


夢診断はあまり信じていない
生徒から先生に、生徒がハムスターに変わるなんて
だいぶおかしい人だろうし。
でも、一番可愛い子だけ捕まえられない、というのが
象徴している何か、はあるのだろう。
夢は独りでクリエイティブできる、唯一のものだから
消えないうちに反芻し、たまには記録してみよう。

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書けないリユウ

毎日何かを書き留める習慣は、小学校の時が一番定着してたけど
毎日何かがあったということをただ書いていたことはあまりない。
小学4、5年生のときは、交換日記が友達のいる証だったし
中学2年のときも、そういえば仲良しの交換日記があったなぁ。
自分ひとりの日記は出さないラブレター代わりだったし
忘れ行く記憶のための日記を書く習慣は身に付かない。
だから忘れっぽいんだろうか?かなり問題。。

その日に何があったから何を考えた、というのは
もちろん記録しておきたい大事なことだと思う。
でも私の場合、それを積極的に継続することも
読み返して思い出すことも、苦手だ。
読み返せば赤面するのがわかっているから
赤面しないと確信できる内容しか、書けなくなっている。

私が書く理由は
考えの整理のためとか
感情の整理のためとか
考える道楽のためとか
感じる余裕のためとか。
誰かに読んでもらって何か言ってもらいたい、という願望は
あまり持っていないみたいで
むしろ、自分のための言葉を羅列しているだけだから
読んでもらうのはおこがましい。

でも、それじゃぁ何も書けなくなるのだ。
だから書けない時期がまた、来ていた。

でも書きたい気持ちはあるわけで
大したことは書けないけど、書いておいた方がいいのかも。

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