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2004年9月

ヒトナミ

ヒトナミにオゴレヤ、ではなく
人波
かつ
人並。

久々に、渋谷の雑踏に呑まれた
人波に呑まれて感じたのは
人並にはなれていない、という焦燥感
原色やアニマル柄や蒸れるブーツ
その波に流されていても
海水に呑まれる、ガラス瓶の中の海水のようで
透明の壁は厚く、見える景色は歪んでいる

一人目に声をかけてきたのは
「ネイルサロンの者なんですけど」
日サロ大好き、30代前半、男。
もう1週間も塗りっぱなしのラメを見抜いたとは思えないけど
逃げ出す。

二人目は
「この近くの美容院のスタッフなんですけど」
「私じゃなく、他の人がモデルさんを探していて」
20代になっていないかも、ピンヒールでよろける、女。
誰にどう使われている人なのかわからないし
この髪をつやつやにする方法を教えてくれたら天使だけど
やんわりと断る。

三人目は
「コンタクトのお店なんですけど、お使いじゃないですか?」
使っていない、としか答えられないでしょ…


声をかけられる度に、
そんなにガードが甘く見えるのかと
そんな風に考える、波に呑まれたくない自分に気付く
それでいいのかなぁ?

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「ものすごい」

口癖は、伝染る。
影響されやすい人間だからかもしれないけど
彼の口から出る言葉を、口ずさんで自分のもののような気がすることが
本当に多いのだ。

「微妙」とか
「かも」とか
流行語、誰もが使っているなと思う言葉も
身近な人が何気なく、何度も発する言葉だから
その人のようになりたい、と思うことがあったから
無意識に、その言葉をもらって
近付いていきたいという願いを叶える

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コトバノチカラ

書いた言葉は誤解される、と思い知ったのは
あるメーリングリストで戦争が起きた時だった

言葉に敏感な組織に属しているけれど
言葉尻に怒りを覚え、疑問を覚え
言葉で撃ち返し、言葉に傷付き
それでも言葉に頼らざるを得なかった、そんな人達を
私はよく知っている

言葉の持つ力、
それをコントロールし切ることができる人は
そんなに多くない

そして、コントロールできると過信している人は
意外と多い


私もその一人かもしれないけど
それでも言葉を綴ることをやめるなんてできない

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日常茶飯

仕事が自分の日常に組み込まれると
全力を尽くす見返りとして対価を支払われているという事実を
忘れてしまう瞬間がある
特に私のように時間給で働く人間は
その業務に慣れてしまうと、務めを果たすのが簡単である気がして
できる以上のことをしないようになってしまう

人のふり見て我がふりを直すのは
実はかなり、失礼なことだろうなと感じた
だからといって、人のふりを指摘して
相手も自分も痛いのは、失礼以上に嫌なのだ

臆病風に吹かれて言葉を飲み込むのも
私の日常の一部

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書くということ

様々な表現手段を試してきたが
結局残ったのは、書くことだった
踊っても、歌っても
演じても、描いても
創っても、喋っても
私は満足に私を示せない

喋るのは、多くの場合
自分のためでなく、相手のためと感じる
安心してほしい、強くなってほしい
あなたはあなたを磨いてほしい
もちろん、何かを得てくれたら
それは私のためにもなるけど……

どんな言葉を選ぶか、それは自分だけのもの
それで私が伝わることが
今の一番の望みです


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仕事モードに切り替えなければ

ここのところ、中途半端に休み気分だったんだけど
そういえば、明日はほんとに仕事でした。
ということは大量の添削をこなしておかなければならないわけで
きれいにマニキュアを塗った爪先が触れるのは
暖かいあの人の肌ではなく
古びた無機質のキーボード。

仕事、として高校生と向き合っている時は
社会とのつながりを感じることができる
社会の網の目の一つとして
自分も機能を果たさなければならない、と。
そうして得られるものは対価だけではなく
ここに自分がいるという証

だからこそ、本来ならばもっと腕を伸ばして
網の目から剥がれ落ちないように、懸命になるべきなんだろうけど
それができないのは
繋がった腕の先から同時に流れ込んでくる
痛みをも増やす、その強さがないから

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おいしいコメを食べた

表参道の、ごはん屋さんともお酒屋さんとも言えないお店。
こういうのって、お店の名前出したほうがいいのかしら?
大かまど屋「寅福」ってお店です。二度目の訪れ。

いやぁとにかく、白いごはんがおいしい。
ごはんセット¥740也、には、お漬物やらとろろやら
お米を楽しむ付け合せがいっぱい付いてるんだけど
付け合せを食べ切らなきゃいけないから仕方なくごはんと食べてる、って感じ。
ほんとは、ごはんだけで食べたい。
噛み締めて、農家のおじさんに感謝。

持ち帰って、父母にも食べさせたいなって思ってしまった。
最近、めっきり年老いた(と言ったら怒られるんだろうけど)両親には
もっと人生楽しんでほしいな、なんて生意気な思いを抱いてる。

♯だったら早く楽させてやれよ、って一人つっこみは
 敢えて想起せず、飲み込んでおきたいところ…

まぁともかくも、美味しいものを素直に美味しく感じられるのは
どんな思いで誰と食べるか、が結構な要因なのだと
再確認した一食でした。

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「十三階段」 高野和明

久々に、徹夜で一気に読み切ってしまった。
白熱灯の室内照明から、太陽光に明かりを得て
結末まで全力疾走。

翻訳作品ばかりに触れてきたが
最近は割と日本人の作品を読むことが多い。
覚束ない日本語に辟易し尽くしたのかもしれない。
でもやはり母国語は大事にしていきたいから
改めて見直そう月間の中で出会った一作。

素直な感想としては、良く出来ているな、といったところ。
難を言えば出来すぎだけれど
だからこそ、最後の種明かしが陳腐には聞こえてしまうけれど
一気に読みきりたいという気持ちにさせる「何か」に敬意。
その「何か」を培う方法を知りたい。

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初めての扉

コミュニケーションの始まりは質問
そんな自分は下手の袖に下がらせて
すっぴんの自分を薄明かりのステージに引っ張り出そう

垂れた頭を上げ、こわばった腕を広げ
伏せた目を開き、結んだ唇を湿し
正面から射す光を抱きしめる

さぁ、何から語り始めようか
大きく空気を吸い込み、吐き出す息に言葉を乗せ
届け、ここで出逢えたあなたの元へ

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