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2006年10月21日 (土)

すっぱいぶどう   2005.10.21

よく、この合理化を使う。
いまは
あの人は、わたしにとって、ベストではない。

でもこの合理化を使うと同時に、
そのぶどうがほしいんだってことが
ありありとわかってしまうわけで。

すっぱくてもまずくてもあのぶどうがほしい
でもあのぶどうにわたしは手が届かない
手が短い
背が足りない
道具がない

でも見ていたら、その間に、
誰かの手が届くのが、見えてしまうかもしれない
だから、もう、あのぶどうはあきらめて
目を離さないと、
空腹以上の痛みを負うかもしれない

でも見ることに慣れたわたしの目線は
勝手にあなたの姿を追う
晴れの日も、曇りの日も、暑い日も、寒い日も

>>2006.10.21>>

見つめていさえいれば、見失うことはない、なんて
いつの間にか、そう思っていた
見つめる私も、見つめられるあなたも
日々、変化していることに、気付かないふりをした

でも、もしかしたら、変化してるからこそ
運命が触れ合う日が来るのかもしれないと

視線の先にあなたを置きながら
私は私で、運命を、歩むから。

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